【日本語ラップ】シーンが酷かったのは何年だった?

日本語ラップシーンは日々移り変わるもの。上がり下がりしながら、歴史を積み重ねている。したがって、人によってはこの年はイマイチだったと思う時期もあるだろう。今回は、インターネット上で見かけた意見を紹介する。

日本語ラップシーンは何年が酷かった?

  • SEEDAが終わって、SALUやAKLOが出るまでの間は酷かった。
  • ↑スカーズやらBESやらがきてただろ。SEEDAの花と雨が火ついた。あの時代の方が今よりヒップホップだった。
  • 2006年頃にはかなり下火になってた。
  • 85年〜86年生まれのラッパーが極端に少ないよね。
  • seeda後からフリスタ、kohhあたりが出てくるまでがスカスカじゃね?
  • 09年PSG 10年DINARY 13年FLASH BACKSはアツい。
  • シーダ中心の時代なんてない。てかほぼずっと暗黒期だ。
  • SEEDAがトップだった時、こんな奴がトップならもう聴かないって感じになった。
  • 2010年あたり。BBOYPARKに行ったらガラガラで、演者は見た事もない変なのばっかだった。 もう日本語ラップシーン完全に終わったんだって泣きそうになったよ。
  • 2007年から2009年の日本語ラップ 。この頃は本場のシーンもセールス的な意味とは別に冷え込んでいた。
  • 2000年代後半はNORIKIYO、弁慶、SCARS、BES、juswanna、鬼とかよく聞いてて個人的には盛り上がってた時代だ。

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